歴史
1978年に設立されたTCファーマシューティカル・インダストリーによって「Krating Daeng」(日本語では「赤い水牛」の意)の名前でタイで開発された。その経営者であるチャリアオ・ユーウィッタヤーはもともと、TCマイシンという会社を設立し、痛み止めの製造・販売を行っていた。
当初、タイではオソッサパーが代理で販売を行っていたリポビタンがほぼタイでの市場を独占していた。そこでTCファーマシューティカルはターゲットを低所得者層にしぼり、積極的な売り込みを行い、タイ国内で約65パーセントのシェアを獲得し、業界最大手となった。
1984年にオーストリア人のディートリッヒ・マテシッツがKrating Daengのタイ以外での世界の販売権を獲得、独自の配合で数年をかけて改良をし、RedBull「レッドブル」の名称で販売を始めた。マテシッツは、ビジネスで日本に来た際に、日本を中心とするアジア諸国で栄養ドリンクが大きな市場を形成していることを知り、欧米でも同種のビジネスが成り立つのではないかと考え、調査を進めているうちにKrating Daengに出会ったという。また商品開発に当たっては、特に日本のリポビタンD(大正製薬)から大きな影響を受けているとインタビューで語っている。[1]
レッドブルエナジードリンクはヨーロッパ地域はもとより北アメリカ地域や、オセアニア、アフリカ、そして、アジアにも進出した。現在Krating Daengはタイ国内のみでそれ以外での販売は禁止されている。アメリカ・イギリス、日本などでは
- レッドブル、翼をさずける。
- Red Bull Gives You Wings
のキャッチコピーが使われている。
またディートリッヒ・マテシッツはエキストリームスポーツのスポンサー活動を精力的に行っており、若年層の支持が非常に大きい。特にモータースポーツへの参加に意欲的で、F1でのザウバーチームや、BMX、motoGP、ダカールラリーでのスポンサーを積極的に行っている。2004年にはF1撤退を表明したジャガーチームを買収、ザウバーのスポンサーを打ち切り2005年からレッドブル・レーシングとして参戦している。また、2006年からはF1ミナルディチームを買収してレッドブルのジュニアチームとしてスクーデリア・トロ・ロッソを立ち上げ、WRCのマニュファクチャラー2チームとして、レッドブル・シュコダがヨーロッパで開催される10戦に参戦した。2008年ラリー・アルゼンチンからは、WRC4年連続ドライバーズチャンピオンであるセバスチャン・ローブを擁すチーム・シトロエン・トタルのスポンサーとなっている。
モータースポーツ以外でも、レッドブル・ザルツブルク(オーストリア・ブンデスリーガ)やレッドブル・ニューヨーク(アメリカ・メジャーリーグサッカー)などのサッカークラブをはじめ、数多くのスポーツチームを所有している。また、2003年からレッドブル・エアレース・ワールドシリーズを主催している。